鉄鋼材料は、適当な温度で加熱することによって、さらに冷却をうまく組み合わせることによって、硬くも軟らかくもなります。この加熱と冷却の組み合わせが熱処理であり、鉄鋼材料の持っている特性を十分に発揮させるためには、適切な熱処理を行わなければなりません。ここでは、鉄鋼材料と熱処理の種類別にその特徴を紹介していきます。
鉄鋼材料とは
鉄鋼材料の主成分は鉄(Fe)であり、そのほかに必ず含まれる元素があります。それらは、鉄鋼の5元素と呼ばれている、炭素(C)、シリコン(Si)、マンガン(Mn)、りん(P)およびイオウ(S)の5元素です。炭素はとくに重要な元素であり、炭素がなければ熱処理しても硬く・強くすることはできません。
その含有量が鉄鋼材料を大分類する場合の基準になっており、炭素が0.02%以下は純鉄(α-Fe)、0.02%を超えるものを鋼(はがね)といいます。すなわち、鋼とは、鉄と炭素の合金なのです。ただし、炭素は、基材の鉄元素と化合して非常に硬いセメンタイト(Fe3C)として存在しています。
鉄鋼材料の基本である鉄と炭素だけの合金は、炭素鋼とよばれており、炭素量が0.6%以下のものは主に機械部品に、それより多いものは刃物や工具類に利用されています。その他にクロム(Cr)やモリブデン(Mo)など、炭素以外の合金元素が添加された種々の合金鋼が製造されています。
冷却法と熱処理の名称
熱処理は加熱と冷却の組合せですから、その組み合わせによって熱処理の名称も異なります。例えば、焼なまし、焼ならしおよび焼入れは、加熱温度がほとんど同じでも、冷却法が異なります。鉄鋼材料の基本鋼である炭素鋼は、800~900℃に加熱すると、Fe3Cは分解し、同時にFe原子同士の間隔が広くなりますから、その隙間からCが侵入します。その後、ゆっくり冷却すると、Fe原子同士の間隔が狭くなってきますから、Cは追い出されてFe3Cとして析出します。しかし、冷却速度を速くすると、Fe原子同士の間隔は狭くなっても、Cは析出する暇がなく閉じ込められてしまいますから、そこに大きな歪を生じて硬化することになります。炉冷など徐冷する処理は焼なまし(焼鈍)、空冷する処理は焼ならし(焼準)、水や油で急冷する処理は焼入れと言います。
焼なましと焼ならし
鉄鋼材料を対象とした焼なましの種類は非常に多く、その役割は、軟化、金属組織の均質化、応力除去など多様です。
完全焼なまし材のFe3Cは薄板状のものが層をなしていますが、球状化焼なましすることによって、均一な球状になりますから、延性やじん性が大幅に改善されます。そのため、セメンタイトが多量に存在する工具鋼や軸受鋼は、必ず球状化焼なまししたものが販売されています。
曲げ加工や圧延加工した鋼材は、結晶がつぶされて、加工硬化しています。この加工によって生じた残留応力(歪)を除去し、軟らかくすることを目的として、低温焼なましが行われています。加熱温度は550~650℃で、つぶされた結晶が再編成(再結晶)して軟らかくなります。
1000℃以上の熱間鍛造された鋼は、結晶粒が粗大化して組織は不均一ですが、焼ならしすることによって結晶粒が微細化して均一組織が得られます。
焼入れと焼戻し
JISでは、焼入れは空冷よりも迅速に冷却する操作と定義しています。鉄鋼材料は、焼入れによって硬くなりますから、この現象を焼入硬化といい、C量が多い鋼種ほど高い硬さが得られます。
焼戻しとは、焼入硬化後に700℃以下の適当な温度に加熱して、適切な速度で冷却する操作のことで、その多くは焼入硬さよりも軟らかくなって、じん性が大幅に改善されます。
機械部品に用いられている機械構造用鋼に求められる特性は、引張強さおよびじん性であり、その特性は鋼種と焼入れ・焼戻しによって決まります。すなわち、機械構造用鋼の焼入れ・焼戻しは、要求される機械的性質を調整することを目的にしますから、調質とよばれています。機械構造用鋼の焼戻温度は、指定硬さに応じて450~650℃の範囲で調整します。ちなみに、硬さが高いほど引張強さやせん断強さは向上しますが、延性(伸び、絞り)やじん性は低下します。
炭素工具鋼(SK材)や低合金鋼工具鋼(SKS材)の標準的な焼入温度は800~850℃で、焼戻しは150~200℃の低温で行われています。これらよりも高合金工具鋼である金型用鋼(SKD材)や高速度工具鋼(SKH材)の焼入温度は1000℃以上の高温です。
表面熱処理
機械部品や工具類の中には、使用条件によっては、じん性を十分に維持したままで表面には耐摩耗性を必要としているもの、従来品では疲労強度や潤滑特性が不十分なものなど、表面特性の改善を要求されるものが多く存在します。これらの要求を満足させる手段の一つとして、表面熱処理が行われています。表面熱処理は、表面だけ加熱して焼入硬化させる表面焼入れと、異種元素を表面から拡散浸透させて、表面に新たな特性を付与する熱拡散処理に大別できます。
表面焼入れとは、表面の必要な箇所だけを急速加熱して、内部が加熱される前に急速に冷却する処理で、表面のみ焼入硬化します。このときの急速加熱用の熱源には、高周波、火炎、レーザおよび電子ビームなどがありますが、最も需要が多いものは、高周波を利用する高周波焼入れです。熱拡散処理において、拡散させる元素の種類は種々ありますが、炭素(C)を拡散浸透させる浸炭焼入れ、窒素(N)を拡散浸透させる窒化処理は、耐摩耗性や耐疲労性の向上に有効な処理ですから、機械部品や自動車部品などに多用されています。
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