「UX(User Experience)」とは「製品の使い勝手やユーザーの満足度」を指す概念です。最近では「UXデザイナー」という職種の求人も増えています。
機能や性能といった技術面が優れている工業製品やサービスであっても、UXの考慮が欠けていると顧客の不評を買います。
この記事では、21世紀のビジネス(特に「サブスク」)において重要なUXについて解説しています。
UXとは
近年モノづくり界では、ユーザーエクスペリエンス(UX)というキーワードが急浮上しています。
日立製作所や東芝などの製造業大手が、UX専門の組織を立ち上げ、巷(ちまた)では「UXデザイナー」という職種の求人も増加傾向にあります。
機能や性能といった技術面が優れている工業製品であっても、UXの考慮が欠けていると顧客の不評を受けてしまい、顧客満足度向上の観点からUXは生き残りのための至上命題となりつつあります。
このUXとは一体、何物なのでしょうか。UX(ユーザーエクスペリエンス)とは読んで字のごとく「ユーザーが製品から得られる体験」を意味します。
ISO 9241-210においては「製品、システム、サービスを使用した、および/または、使用を予期したことに起因する人の知覚(認知)や反応」と定義されています。
要するに、UXはユーザーが製品やサービスを使用した結果として得られる体験、全てを指す概念です。
ここでいう「体験」は、快適や満足といったポジティブな反応だけに限らず、不快感や不満といったネガティブな反応も含まれることになります。
UIとの違い
UXと語感が似ているため混同されがちな概念にUI(ユーザーインターフェイス)があります。
UIは、ユーザーとシステムとの間でやりとりを行う接点を意味しており、身近な例としてスマートフォンの画面表示やタッチパネル式入力が挙げられます。
UXはUIを含んだ包括的な概念となっており、良いUIは良いUXの必要条件であるが十分条件ではありません。
例えば、洗練されたUIを採用しているシステムであっても処理待ち時間が極めて長く、ユーザーがストレスを大きく感じる場合は、そのシステムのUXが高いとはいえません。
UX向上のためには、UI以外の領域(例: メッセージ内容の理解しやすさ、レスポンスの迅速さ)の品質も十分に考慮する必要があります。
UXをこだわるべき理由
21世紀のビジネスにおいて、UXが致命的(クリティカル)になってきている背景として「サブスクリプション」(定額課金制)のビジネスモデルの隆盛が挙げられます。
サブスクリプションのビジネスモデルで死活問題となるのが「契約解除率」です。売り切り型のビジネスモデルとは異なり、サブスクリプションは「顧客が契約を長期間継続してくれる」からこそ収益が得られます。
逆に言うと、「顧客から契約をすぐ解除されてしまう」と、ビジネスが成立しません。そして、顧客の契約解除の要因で最も大きいのが「UX不良」なのです。
旧来の「売り切り」型の場合は、「顧客が金を支払った後に、酷いUXがバレる」ことになります。つまり、酷いUXの製品を顧客に売りつけたとしても、顧客の支払いが先なので「売り逃げ」が出来た訳です。
勿論、顧客の怒りを買うのでリピート発注は無いでしょうが、それでも、酷いUXにもかかわらず売上が立っていたのです。
しかし、近年は「サブスクリプション」や「無料体験版」(購入前にUXを試す事ができる)が普及しており、「UXがバレるタイミングが早い」ため、酷いUXのせいで顧客の怒りを買ってしまうと売り上げが全く立たなくなってしまいます。
上記に加えて、「機能主義」による製品差別化の破綻も挙げられます。
例えば、21世紀の成熟市場において「デジカメ」という商材をマーケティングすることを想像しましょう。スマートフォンのカメラが高性能化していますし、過去のような「画素数」競争も頭打ちになっています。
技術が未熟だった昔は、画素数が向上すると素人目にもデジカメ写真が美しく見えました。しかし、技術が一定以上進歩すると、素人目には区別がつかなくなってきます。
換言すると、市場の大部分を占める”素人”にとっては、画素数という機能は製品差別化の切り札で無くなってしまうのです。
そこで、UX的な発想に転換しましょう。仮に、特殊な人工知能が内蔵されていて、「お見合い写真を異性にモテるように自動補正してくれる」ようなデジカメが存在するならば、婚活難民の顧客は金に糸目をつけずに購入することでしょう。「お見合い」という切実なニーズ(UX)を満たす商材であるならば、デジカメという”枯れた”ように見える商材であっても新規需要を喚起できるはずです。
このように、UXは技術論だけでなく、マーケティング(経営論)にも関わってきます。
ユーザー視点の重要性
UXを損なう要因として「製品の挙動が自分の期待に反する」、「かゆい所に手が届かない」、「操作が難解で目的達成の手順が分からない」などが挙げられます。
対人間の付き合いでも当てはまりますが、事前の期待が大きいほど、予期せぬ挙動(結果)にガッカリする度合いが大きいのです。
このガッカリの原因は「製品の設計がエンジニア視点であり、ユーザー視点を考慮していない」ことの影響が大きいといえます。
エンジニアの”期待”するユーザー像は”実際”のユーザー像と食い違うことが多いのですが、エンジニアはその食い違いに無自覚な傾向があります。
ユーザーは「製品を使って自分の目的を果たす」というユースケースを心に思い描いています。他方、エンジニアは、技術的な都合に基づき「機能の集合体」として製品を設計しがちです。
ユーザーにとって重要なのは製品がもたらす「ストーリー」で、「夢」と言い換えても良いかもしれません。その文脈では、エンジニアは「夢の語り部」となる必要があります。だが、ストーリー(線)を上手く語れず、技術論(点)を語ってしまいます。
実際の製品では、ユースケースの実現に複数の機能を横断的に使う場合が多いようです。例えば「ハードディスク・レコーダーで録画予約する」というユースケースの実現には「チャンネルの設定」「電子番組表の操作」「ハードディスクの管理」「録画予約の実行」といった複数の機能が前提となるでしょう。この場合、エンジニアは個々の機能に閉じず、機能間のつながり(ユースケース)を意識すべきです。
ユースケースは機能の一連の流れです。各機能に閉じて考えると製品全体がチグハグとなり、首尾一貫したストーリーが成立しなくなります。UXを向上するには設計時にユースケースを十分に考慮し、ユーザー視点を常に意識することが肝要です。
「UX向上プロセス」の概要
「UX向上プロセス」は、製品やサービスのUX品質の評価及び改善を体系的に行っていくためのプロセスです。
ソフトウェア工学における「ユースケース」の考え方を用いることで、製品やサービスのUX品質の評価を“漏れなく、ダブりなく”行います。
「UX向上プロセス」は、システム開発において、UXを評価観点に盛り込んだUXテストを確実に行い、UX品質を改善していくことを担保する仕組みです。
「UX向上」といった抽象度が高い目的の場合、何の考えも無しで闇雲に作業を進めようとしても、結局、「何をなすべきか」が分からずに途中で頓挫してしまうか、あるいは、意義ある成果を出せずに終わってしまう場合が多いです。
そこで、製品の「ユースケース」をしっかりと見定めて、プロジェクトの関係者が「ユースケース」に関する理解を共有することが「急がば回れ」になります。
一番大事なことは、プロジェクトの関係者がUXの「あるべき姿 (To-Be)」について意識を合わせることです。
「現実のあるがままの姿(As-Is)」は目の前に具体的に見える事実であるため、関係者間で意見が大きく相違する可能性が低いです。しかし、「あるべき姿 (To-Be)」はまだ実現していない“将来”の話であり、個々人の価値観により大きく異なってきます。
だからこそ、UX向上の実作業を開始する前に、「あるべき姿 (To-Be)」に関する理解を共有する機会を意識的に設ける必要があります。その際に理解を共有するのに役立つ考え方が「ユースケース」です。
下記にインターネット上のクラウドストレージにデータを保管するサービスである「オンラインストレージ」(DropboxやiCloudが有名)のユースケースの一例を示します。
UXをより詳しく学ぶには
この記事では「UX向上プロセス」の概要のみを解説しました。もっと詳しく勉強したい方は、SATの技術者スターター講座100「UX (User Experience) 虎の巻」の受講をお勧めします。
講座のプログラムは以下のようになっています。
- UX概論
- UXの前提知識
- UX向上メソッド
- UX向上業務の実例
- UX向上プロセス
総講義時間 4時間45分
「ユーザー視点」で開発を推進したいエンジニアの方はもちろん、新規事業を担当される方にもオススメの講座です。ぜひ受講をご検討ください。