品質工学は、製品やプロセスの品質を設計段階から向上させる体系的手法で、タグチメソッドとしても知られます。
製造後の検査に依存せず、設計段階で確実に良品を製造することを目指します。直交表を用いることで実験の労力とコストを削減し、SN比によりばらつきに強い設計を評価します。
この記事では、品質工学の概要について解説しています。
目次
品質工学とは
製造工場で必ず実行される品質管理とは、要は製造過程で不良を出さないようにする活動です。検査で品質データを取りつつ良否を判別し、不良品を出荷前に選別し、併せて品質を改善していきます。
昔々少品種を大量生産していた時代は、ひとまず設計したものを生産しながら良くしていく、すなわち「品質は現場で作り込んでいけば良かった」時代でした。
しかし、近年は消費者ニーズの多様化、需給バランスの変化などによって、品種当たりの生産数が減ったため、「だんだん良くする」構図が成り立ちにくくなりました。
さらに、製品が複雑化してきたために、製品原価に占める設計コストの比率が高くなったという側面もあります。
このため、「初期設計どおりに良品が製造できる」仕組みが重要になってきたのです。
しかも設計コストの大半は人件費ですから、設計は短時間に完了したいものです。そのような具合の良い要求を叶えるのが品質工学です。
品質工学は、製品やプロセスの品質を設計段階から向上させるための体系的な方法で、タグチメソッドという名でも知られ、故田口玄一氏によって開発されました。この手法は、設計段階での品質向上を目指し、ばらつきに強い製品設計を行うことに焦点を当てています。
評価方法が大切になる
1903年にライト兄弟が世界で初めて有人飛行を成功させました。当時政府や米軍の支援を受けて熾烈に開発競争していた中で、大学も出ていない自転車屋の兄弟が先んじることができたのは、風洞実験を多用したのが一因と言われています。
簡便でローコストな評価方法を使うことによって、費用の掛かる現物を試作しなくても競争に勝てる設計を可能としたのです。
現在であればコンピュータによるシミュレーションも効果的な評価法の一つですが、品質工学の中では「機能性評価」という方法がそれに当たります。
品質工学を作り上げた田口玄一氏は、多くの製造企業を指導しながら状況に応じてその都度工夫を重ね、50年以上かけてその膨大な体系としたもので、全体像を一度に理解するのは容易でありません。
次はその中で一番有名で使われることが多いパラメータ設計と呼ばれる部分を解説します。
パラメータ設計
直交表
パラメータ設計の中心的なツールとして、直交表があります。
良い設計を実現するためには設計者が自由に決められる因子=パラメータを変化させて実験します。
ほとんどの人は一つあるいは少数の因子を少しずつ変化させて最適値で固定し、次に他の因子を変化させて、少しずつ良い因子水準を探していきます。これを逐次実験と呼びますが、次のような問題点があります。
逐次実験の問題点
- 交互作用があると、実験の順番によって結果が変わる場合がある。
- 良い結果が得られても、最適組み合わせの保証がない。
- いつ目標に達するか分からない。非常に多数回の実験が必要な時がある。
たくさんの因子のすべての水準組み合わせを実験すれば、このような問題は解決するわけですが、2水準で3因子:組み合わせ数23=8サンプルまでならまだ良いですが、4因子24=16、5因子25=32サンプルあたりになると、現実的ではなくなってきます。
そこでパラメータ設計で採用するのが直交表という道具です。
これは言ってみれば統計的な手抜き実験法です。例えば7因子を2水準で全組み合わせは27=128サンプル必要となりますが、下図のL8(27)という直交表を使うと、たった8通りの組み合わせで7因子の主効果を独立して評価することが可能となります。
直交表が実験の労力とコストを大幅に削減するのです。
SN比と機能性評価
SN比(Signal-to-Noise比)とは、品質工学での評価指標の一つです。これは、設計因子の効果を定量的に評価し、目標とする特性を最大化しつつ、ばらつきを最小化することを目指します。
具体的には、入力と出力の関係を理想的な形で維持し、ばらつき要因に対する頑健性を評価します。
設計者が実験する場合に、結果の再現性を高めようとして、実験要素(因子=パラメータ)以外は極力一定に揃え、純粋に因子の効果だけを抽出しようとすることがあります。
研究機関が報告書を作る目的ならそれで構いませんが、工業製品の場合はあまり具合が良くありません。
生産状況が変動するし、製品使用環境が多様なために、必ずしも実験室と同じ結果が再現できません。むしろ実験通りにならない場合の方が多いくらいです。
部品、材料の納入スペックを厳しくしたり、作業手順書で製造工程を標準化したり、取説で使用条件を限定したりすれば、各種環境をある程度安定させることが可能ですが、往々にしてコストを上昇させ、利用者に不便を強いることで、いずれも製品競争力を下げてしまいます。
そこで、パラメータ設計では、特性変化=ばらつきの原因となる可能性がある因子をいくつか選定します。その因子水準をわざと変えた状態で3個から8個程度の設計因子の水準組み合わせに対する特性を評価することで、ばらつき因子の影響を受けにくく、かつ希望にあった特性の設計因子水準を決定します。
複雑なため自在に使えるようになるまでに根気を要しますが、慣れてしまえば当たり前のように使えるようになります。
品質工学では、技術システムの理想的な入出力関係を基本機能と呼びます。例えば、モーターのエネルギー変換効率を評価する場合、電力入力と回転エネルギーの関係がこれにあたります。この関係が直線的で、ばらつきが小さいほどSN比が高くなり、安定した高品質な製品設計が可能となります。
この基本機能に着目して、技術の良し悪しをSN比で定量的に判断するのが機能性評価なのです。
品質工学を用いるメリット
品質工学を用いることで、以下のようなメリットがあります。
- 実験で意図的に特性をばらつかせる因子を加えることで、技術の良しあしを安定性によって評価できる。
- 入力変化に対する出力の応答性を見ることで、技術の汎用性を確保するとともに、評価の感度を向上できる。
- 直交表を使うことで多くの設計因子を一度に評価するとともに、設計因子どうしの交互作用についてもある程度の緩衝効果を発揮できる。
多くの優良企業がこの方法を使って高いレベル、すなわち低コストで良い特性が安定的に持続する技術を短期間に開発、設計するようになっています。
少し複雑な手法ではありますが、それだけに品質問題で窮地に追い込まれる前に習得しておきたいものです。
導入にあたっては、後で紹介する講座を受講した上で、経験者の指導のもとで進めることをお勧めします。
品質工学が用いられる分野
品質工学は、その科学的アプローチと効率性から、さまざまな産業分野で広く採用されています。ここでは、特に代表的な分野について詳しく説明します。
1. 製造業
(1)自動車産業
トヨタ、日産、マツダ、本田といった日本の主要自動車メーカーは、品質工学を導入し、設計段階での品質向上とコスト削減を実現しています。
エンジンの性能向上や燃費改善、安全性の向上など、様々な分野で品質工学が活躍しています。
(2)電機産業
日立、パナソニック、東芝などの電機メーカーも、品質工学を採用しています。
特に、プリンターや複写機などの事務機器を製造する富士ゼロックス、エプソン、リコーなどは、品質工学をいち早く取り入れ、製品の信頼性向上に成功しています。
(3) 医療器具
医療器具の開発でも、品質工学は重要な役割を果たしており、テルモなどで活用されています。
例えば、注射針などの器具は、非常に高い信頼性とコストの両立が求められます。品質工学を用いることで、ばらつきの少ない安定した性能が可能となり、医療現場での信頼性が向上します。
(4) 航空宇宙産業
航空宇宙産業では、品質工学が飛行機やロケットの設計において重要な役割を果たします。
JAXAなどの宇宙開発機関も、ロケットや衛星の開発に品質工学を活用しています。
(5)光学機器
カメラ、内視鏡などの光学機器の開発でも、ニコン、キャノン、オリンパスなどで品質工学は広く用いられています。
これらの製品は、多くの部品が複雑に組み合わさっているため、ばらつきが少ない設計が求められます。品質工学を用いることで、製品の信頼性と耐久性を向上させることができます。
2. サービス業
サービス業でも、品質工学の考え方が応用されています。
例えば、ソフトウェア開発においては、品質工学を用いてソフトウェアの信頼性とパフォーマンスが向上しています。また、物流や小売業においても、品質工学を用いてプロセスの最適化を図り、サービスの品質を向上させることができます。
より品質工学を詳しく学ぶためには
品質工学についてさらに詳しく学びたい方には、SATの技術者スターター講座「オフライン品質工学」をおすすめします。
カリキュラムは以下のようになっています。
総講義時間 5時間42分
- 品質工学の概要と有効性
開発・設計の難しさ
従来型開発・設計の問題点
品質工学誕生の経緯、背景
品質工学の全体像
品質工学を使っている企業 - パラメータ設計の構造1 直交表
実験の種類と特徴
逐次実験と完備実験
直交表の構造
高効率の理由
交互作用
直交表の種類
直交表使用時の工夫 - パラメータ設計の構造2 機能性評価
品質管理の限界
ばらつきで技術を評価する
技術の機能性を考える
SN比はばらつき具合の指標
技術事例
各種技術の基本機能
誤差因子の取り方
モーター評価の例 - パラメータ設計の実際
パラメータ設計の考え方
パラメータ設計の構成
パラメータ設計の計算 - パラメータ設計の実践手順
技術システムの考察
基本機能と評価指標の設定
制御因子/誤差因子の設定
実験の計画
実験
データ解析と要因効果図作成
最適条件組合せの考察
確認実験 - パラメータ設計の事例紹介
タイル焼成条件の最適化
紙送り機構の安定化
高硬度鋼材の切削加工条件の最適化
燃料電池構造の最適化
生薬焙煎条件の最適化 - パラメータ設計の演習
シュミレータの使用法説明
パラメータ設計ワークシートの使用法説明
各自のやり方で最適条件を探索
パラメータ設計の手順で最適条件を探索 - まとめ
品質工学の習得法
おわりに
このセミナーでは、品質工学の基本概念から具体的な応用事例まで、実践的な内容を体系的に学ぶことができます。以下に、当セミナーの特徴をご紹介します。
- 柔軟な学習スケジュール
オンラインで提供されるため、忙しいスケジュールの中でも自分のペースで学習できる。 - 実践的な内容
実際の業務に役立つ具体的な事例や、直交表の使い方、SN比の計算方法などを解説したうえで演習を通じて理解できる。 - 専門家による指導
経験豊富な品質工学の専門家が講師を務めるため、実践的な知識とスキルを習得できる。 - サポートが充実
章ごとの理解度テストや、講師による添削問題を通じて理解が深まる。
SATのセミナー受講のメリット
SATのセミナーを受講するメリットは以下のとおりです。
キャリアアップ
品質工学の知識とスキルを習得することで、技術者としての職務遂行能力が向上できる。
業務効率化
品質工学を実践することで、製品やプロセスの品質向上とコスト削減が実現し、業務の効率化が図れる。
競争力強化
競争の激しい市場で、品質工学を活用することで他社との差別化が図れ、競争力が強化される。
品質工学は、製品やプロセスの品質を設計段階から向上させるための強力なツールです。品質工学に興味を持たれた方は、ぜひこの機会にオンデマンド品質工学セミナーにご参加ください。
この記事を通じて、その基本概念や応用分野、そして学習の方法について理解を深めていたと思うので、さらに詳しく学び、実践することで、皆様の業務やキャリアを大きく進化させてください。